地名のゆらい
博労
昔、博労町は馬喰町(ばくらうまち)と呼ばれていました。現在の戸出、砺波地 方より馬喰と呼ばれる馬商人(うまあきんど)がこの町に移り住んだことよりつ けられた地名です。うまあきんどは、ばくろうといわれていたこともあり、今の 博労町とつけられました。

いいつたえ
高岡駅
明治の時代に初めて高岡にも鉄道が通ることになりました。そこで市長さんは高岡駅をいまの博労小学校のところに造ろうとしました。工事に取りかかりいよいよ開通となったのですが、大雨による洪水で、すべて流されてしまいました。それで洪水になっても大丈夫なように急きょ今の場所に造られました。
あのとき、大雨がなかったらそのまま駅は博労にあったでしょう。町のかたちもずいぶんと変わっていたかもしれませんね。

つばたやよしべえ

博労校下の二番町にはつばたやよしべえさんという人の石ひがあります。いったい何をした人でしょ

うか。
高岡のみぐるま山祭りは前田利家さまからいただいた山車として、それはそれはゆいしょ正しい歴史のあるお祭りでした。
ところが近くの町も高岡のみぐるま山をまねてお祭りをするところがでてきました。高岡の人たちは前田のとのさまにやめてもらうようにおねがいしましたが、後をたちませんでした。 そして、放生津で高岡と似たようなみぐるま山が出されたとき、二番町に住んでいたつばたやよしべえはついに若者たちをひきつれて止めに行きました。
しかしそこで大げんかになったため、よしべえはつかまえられ、ろうやで死んでしまいました。
のちに高岡のみぐるま山のゆいしょを守ったりっぱな人だと、とのさまからもみとめられ、町の人々はおはかをつくり、おまつりしています。今でも5月1日のみぐるま山祭りの日には、かならずよしべえのお墓におまいりをしてから山をひいています。

 ●高峰譲吉
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こんなところがあるよ
ご本陣あと
水道のシンボル配水塔



本陣というのはその昔、おとのさまなどえらい武士が旅に出たときに泊まった格式の高い宿場です。今の郵便局の前にありました。


高岡市に初めて水道が通ったのは昭和6年です。この配水塔を中心として、各家庭に水が配られました。
総持寺
33の石仏と、すずらんで有名なお寺です。

クイズ
明治時代、今の博労小学校のところに、つくろうとされていた建物は何かな?

答 え