地名のゆらい
和田の佐助
高岡に城ができてまもなく、佐野に住む佐助をはじめ七人が力を合わせて新しい村をつくった。それが和田村です。
村はできたが、重い税のとりたてに、村の人々は逃げ出してしまうほどになった。みるにみかねた佐助は、村人を助けるにはかくし田(殿さまのゆるしをもらわずかくれて田を作ること)にたよるしかないと思い、税金をのがれるようにした。
かくし田のおかげで人々も苦しみからぬけ出すことができたが、かくし田をこっそりお奉行さまにうったえた者がいて、佐助ははりつけの刑にされることになった。
村人たちは「わしらを助けてくれるためだったのです。ゆるしてやってくだされ。」とおねがいしたが、いよいよ刑が行われる時がきた。役人が、はりつけにされた佐助に向かってやりをかまえた時、金沢城から早馬が土けむりをあげながらこちらに走ってくる。馬上からさむらいが、「その刑、やめーぃ!その刑、まてーぃ!」と叫びながら向かってきたが、役人はうなずき、佐助めがけてやりを突きさした。役人には「その刑、やれー。その刑、いそげー。」と聞こえてしまったのだ。
かくし田をつくったのが、村の人々を助けるためと知り、殿さまが刑を取りやめるように早馬を走らせたのだが、間に合わなかった。ふびんにおもった殿さまは、そのご、和田村の税を軽くしてあげ、村人たちは佐助に感しゃするため、毎年ご印祭(佐助祭)という、佐助の好物だった「いもがいもち」をたべるお祭りを行うようになった。
早馬できたさむらいは佐助が刺されたのを見て、おどろいて馬をとめた。ちょうどその場所が橋の上で、そこは「三枚橋」と呼ばれるようになった。「サンマイ」とはむかし、かそう場の意味でしたので、かそう場へとつづく橋ということだったのでしょう。
和田中町のお宮さんには佐助の石ひがあります。

いいつたえ
紙芝居を見てくださいね。

 ●和田のたばこ入れ
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 ●光釜の伝説
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こんなところがあるよ
一文橋
国道156号線、カネボウの近くに千保川をわたす橋がありますね。これを一文橋といって橋の欄干(らんかん)には一文銭のもようがデザインしてあります。 そのむかし、この橋をわたるには一文のお金を払わなくてはいけなかったとのことです。むかしは今よりすこし上流にかかっていました。
おとぎの森公園
花とみどりと川の流れを利用した、市民のいこいの場所です。平成八年に全国都市緑化フェアの会場として造られました。

クイズ

一文橋は何をデザインしているかな?

答 え