地名のゆらい
荻布(おぎの)
荻布はむかし、「扇野」(おうぎの)といいました。このあたりは、小矢部 川と庄川の河口で、むかし大きな三角州があったということです。三角州は 扇のような形に見えるので扇野と呼ばれたのでしょう。

いいつたえ
まないた橋
むかし、二上山におそろしい神さまがすんでいて、越中のむすめを食べたと言います。荻布(おぎの)にあったまないた橋はいけにえとなるむすめを神さまにささげるところでした。

 ●悪王寺の伝説
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川ガニと竹やぶ
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こんなところがあるよ
力士が建てた地蔵堂
能登に住むある力士が北海道への巡業(じゅんぎょう、地方での試合)のため、舟に乗るため伏木まで歩いてきた。 おりからの雨で、ずぶぬれになりながらあるいていたが、ふと柳の木の下にお地蔵さまが雨に打たれてもやさしい顔で立っていらっしゃるのを見つけた。
「雨や風にもきのどくなことやなぁ。わしがもし北海道で白星をいっぱいとったら、地蔵さんにお堂を建ててあげましょう。」
その力士は、みごと優勝し、やくそくどおりお堂を建ててあげたということです。
吉久の町並み


吉久は江戸時代、加賀藩直営の米蔵の町として栄えました。
明治時代には、米の倉庫業が盛んになり、その旦那衆(だんなしゅう)は、吉久32人衆と呼ばれ、今も古い家がたくさん残っています。

クイズ
その昔、小矢部川の対岸の伏木地区にあった蔵仲間の倉庫は何と呼ばれていたでしょう。

答 え