地名のゆらい
立野
高岡の町ができたとき、戸出と中田を通っていた北陸道が立野や高岡を通るように整備され、宿場町として発達したのが立野町です。

いいつたえ
黒田太八郎の田ころがし
田ころがしというのは糸巻き車のような構造のもので、田植えの時にパタンパタンところがしていき、田んぼの地表にマス目の線を入れる道具です。今ではめったに使われない道具ですが、古い農家には納屋にひっそりとおいてあるかもしれません。
昔は、田植えをするときにはまっすぐに植えるために大きな定規をかつぎながら、そして図りながら植えていました。それが田ころがしができたおかげで、ころがした後に付いたマス目にそって植えていけばよく、たいへん楽になりました。
この田ころがしを発明したのが、黒田太八郎です。
太八郎は明治20年に小作農家に生まれました。非常に勉強家で、新しいことに取り組んだり考えたりすることに熱心でした。太八郎はある時、はじめて自転車という乗り物を見た。ペダルをこぐと、くるくる回る車輪にヒントを得て、田ころがしの発明に結 びついた。
発明はあまりの便利さに、あっという間に市内はもちろん、県外にまで広がってしまい、太八郎は特許もとれず、発明に使った多大なお金は帰ってくることはありませんでした。

こんなところがあるよ
西念寺


その昔、織田信長(おだのぶなが)が石山本願寺を攻略した時、第3世住職が門徒(もんと)をひきいて参戦し、防戦につとめたといわれています。現在の本堂は1810年の建立といわれ、近世末の寺院建築としては、県内でも良好なものとされています。
立野の獅子舞
立野には表町と裏町の2つのお獅子がいます。
表町の獅子舞(ししまい)は高岡のほかのところと比べて一風変わっています。獅子は赤い顔で女の大獅子です。てんぐもいませんし、殺されたりもしません。秋祭りの時、このお獅子は各家をまわり、玄関で口をパクパクさせます。それで家のわざわいを取りのぞいてくれるのです。お獅子の体もすごく大きく、大人の人が22人がかりでまわします。
裏町のおししは、黒い顔の男のお獅子です。 このお獅子はてんぐと戦いますし、きりこもおかめもでてきます。獅子ごろしもありますし、色んな舞いがあります。
毎年9月の第3土曜日に行われ、各地から大勢の人が見に来ます。

クイズ

江戸時代より、加賀藩の特産として知られた名産は何でしょう?

答 え